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最高裁判所第二小法廷 昭和22年(れ)313号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

被告人の辯護人中山義郎上告趣意書第一點は「一、被告人内田健一ハ十八歳未滿ノ少年ニテ少年法第六十四條ノ適用ヲ受クルノ結果同法第三十一條所定ノ事件ノ關係及本人ノ性行境遇經歴心神ノ状況教育ノ程度等ノ身上ノ調査ヲ要スルト共ニ身心の状況ニ就テハ成ルヘク醫師ヲシテ診察ヲ爲サシムルヘキコト明白ナルニ不拘記録ニ徴スルニ被告人ノ自陳ヲ外ニシテ叙上重要事項ニ關スル調査ノ爲サレタル事跡ノ見ルヘキモノナシ而シテ少年法ハ少年犯に對シテハ特ニ叙上ノ調査ヲ爲スト共ニ其ノ調査ノ結果ト諸般ノ事情ヲ取調ヘタル上愼重ニ審判スヘク同法第六十四條ニ明定セルニ不拘原審ハ叙上調査手續ヲ怠リ漫然他ノ一般事件ニ對スルト均シク審理判決シタルハ其ノ訴訟手續ニ於テ違法アルモノニシテ叙上法令違反ハ判決ニ影響ヲ及ホスヘキコト明白ナルヲ以テ原審判決ハ此ノ點ニ於テ破毀ヲ免レサルモノト信ス」と謂うにある。

少年法第六十四條は「少年ニ對スル刑事事件ニ付テハ第三十一條ノ調査ヲ爲スヘシ。少年ノ身上ニ關スル事項ノ調査ハ少年保護司ニ嘱託シテ之ヲ爲サシムルコトヲ得」と規定し、次に同法第三十一條は、「少年審判所審判ニ付スヘキ少年アリト思料シタルトキハ事件ノ關係及本人ノ性行、境遇、經歴、心身ノ状況、教育ノ程度等ヲ調査スヘシ。心身の状況ニ付テハ成ルヘク醫師ヲシテ診察ヲ爲サシムヘシ」と規定してゐる。這は、少年は其の身體並に知能の発育未熟なるを以て、之等少年の刑事々件に付ては有罪の場合と雖ども特に其の科刑上又は行刑上の處遇に關し、家庭の状況並に環境其の他凡そ前示少年法所定の各事項を充分考慮し、以て之が各處遇を適正妥當ならしむる爲め、其の少年の身上に關する調査を能ふ限り懇切周到に、又科学的により正確ならしめんとする立法の趣旨に出でたものと解すべきである。左れば、少年法該當刑事事件の事実承審裁判所たるもの、須からく右少年法の趣旨精神を體し、出来得る限り法の要求する調査審理を行はねばならぬ。然し乍ら、少年法第六十四條は、其の身上に關する事項の調査の方法に付ては、格別なる制限を設けて居るものとは解することを得ないから、其の調査の目的を達するに適當なる限り、當該裁判所の適當と認むる方法に依り之を施行することを妨げるものとは謂ひ得ない。從って其の方法として裁判所が適當と思料するときは、公判廷に於て被告人に對し、裁判所自から之等の點に付き直接訊問の方法のみに依り調査を遂げたとしても、敢て之を違法と斷ずることは出來ない。然しさればと云って、此の直接訊問のみに依る調査が違法でないからとて、常に少年事件の全部に關し此の方法のみを実施するも悉な適法なりとも斷じ得ないのであって、要は當該具體的事件毎に諸般の状況を考量して、果して當該調査の方法が少年法の要求する所と背馳することなきや否やに依って判決するの外なきものと思料する。今本件事案を看るに、原審は廣島高等裁判所、第一審は岡山地方裁判所であるのであるが、記録を精査するに第一審裁判所に於ては少年法第六十四條所定事項に關し殆んど調査を遂げた事跡を觀ざるも、原審公判調書に依れば、當該調査事項に關し、公判廷に於て裁判所自からの直接訊問の方法のみではあるけれども、其の調査事項は逐一取調べられて在ることを確認することが出來る。又原審が少年法第三十一條第二項の醫師の診察を爲さしめなかったのは所論指摘の通りであるが這は原審が其の必要なしと認めたに因るものと解すべきである。以上の如くであるから原判決には所論の如き違法はないものと謂ふべく從って論旨は理由がないものと謂はねばならぬ。止だ、以上當裁判所の直接訊問のみの方法に依る調査も適法なりとの趣旨を誤解し、或は醫師の診察を遂げしむるの要否は裁判所の判斷に依るとの趣旨を良いことにして、爾今少年法事件の審理裁判に當り、同法の精神を蹂り事案の性質難易被告人の住居地又は其の家庭と裁判所との遠近、其の他諸般の條件を無視して、以て漫然直接訊問のみの調査に依據し及び醫師の診察を排して、すべて安易の方法のみを施用して事足れと爲すが如きことあらんか、之れ少年法の精神と重要性を解せざるものであって、之を戒しめねばならぬこと勿論である。(その他の上告論旨及び判決理由は省略する。)

以上の理由に依り刑事訴訟法第四百四十六條に則り、主文の如く判決する。

此の判決は、裁判官全員の一致した意見に依るものである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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